欲望との邂逅

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島田紳助とか立川談志が好きで
たまに夜中ずっと聞いていることがある。

その中で印象深いシーンがあった。

「胃カメラとか行ってないですねー」に対して紳助が
「おまえ死ぬで」


妙に引っかかった。
そういえば俺も人生で一度も胃カメラ飲んだことないなと。

勢いそのまま調べる。

どうやら大した時間はかからないらしい。
さっそく翌日会社の近くにある良さそうなクリニックをネット予約した。


その後眠りにつくため横になったが
妙に精神が昂って眠りにつけない。
まるで遠足を明日に控えた子供のようだ。

俺はこういう感覚が好きだ。貴重だと思う。

・初めてのセックス前
・初めての作ったゲームのリリース前
・初めての風俗順番待ち

こういうワクワク感、ソワソワ感、高揚感って初モノ限定である。
二回目以降はだいたい展開が分かってしまうので失われる。

つまり有限なのだ。


ちなみに胃カメラは会計含めてトータル40分くらいで全部終わった。
「鎮静剤で昏倒しますか?」と医師に言われたが
その後の仕事に若干差し障るらしいし、とりあえず初回なので無しでやってみた。

喉、胃、腸に管をぶち込まれてグリグリピストンされるのは確かに消耗した。
まるで処女を喪失した気分だ。

だが紳助が「ドMなプレイと思って楽しめばええ!今日のプレイは激しいなー!」
と言っていたのでそれに習う。


ただ残念なのは紳助が言うような美人なナースさんではなくおばちゃんだったことだが。

あと自分の内臓を眺めるという体験は非日常で中々に興味深かった。
次回は昏倒、意識が一瞬にして飛ぶ、という経験をしてみるのも面白いかもしれない。副作用が嫌だけど。



ネットが世の中に普及しすぎた弊害として
人は多様性を失った。


ネットが「あなたの好きなものはこれですね」と全部持ってくる。
結婚相手ですら「あなたの条件・好みに該当するのはこの人です」なんて時代だ。


ネットは自分の所属や好みを「関連付け」してどんどん同じようなものを食わせようとしてくる。

結果として無意識のうちに自分の考え方や行動が固定化する。

世の中の多くの人、俺も含めて
もはや自分で歩くことができなくなった車椅子の老人のようだ。

新しい欲望との出会いは大きく損なわれる。
「ネットサーフィン」なんて言葉はとうに失われた。



「人に会え」とは就活だろうがビジネスだろうがよく言われている言葉だ。
その辺の本屋の平積みされた本にもだいたい書いてある。

だが「人と会う」という行為の本質について
俺は自分なりに考えてみた結果

「未知の欲望に出会うため」という結論に至った。

例えば他人からスキューバダイビングを勧められるとする。
色々話を聞いているうちに興味が芽生え
「じゃあ俺もやってみるか」と己の中に新しい欲望が芽生える。

そうなると道具をどうするか、いつ行くか、どの海に行くか、などを考えるようになり日々の楽しみが増えてくる。
この積み重ねが人生を彩る。


もしそいつが仕事帰りの電車、または自室で1人で適当にスマホをいじっていても
ダイビングの楽しさについて語るサイトを見ることはないし、
仮にそれを読んだとしても、それでダイビングに目覚めるなんてことは通常ありえない。

ネットを活用するにはリアルが絶対的に必要なのだ。

そのためには自分の好き嫌いに関わらず
ランダムな情報と新しい欲望のきっかけを得られる「人に会う」という行為が必要になる。

せめてそれが無理なら
「普段自分が接していないもの、知らないもの、興味なかったもの」を
一歩踏み出して検索できるスキルを身につければいい。


また欲望は一度芽生えたら瞬間的に処理していかないとすぐに消え失せるという特性がある。

胃カメラに興味持ったら翌日には無理してでも行かないと
「今度でいいか」だとすぐに忘れてしまう。




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